研 究:公益財団法人 JKA 研究補助 成果報告(2023M-256)

公益財団法人 JKA
2023年度 機械振興補助事業 振興事業補助 研究補助 個別研究
補助事業番号  2023M-256
補助事業名  2023年度 3次元リソグラフィ法による樹脂鋳型を用いたCOPバイオチップ射出成型技術の構築 補助事業
補助事業者名  群馬大学 鈴木孝明
本研究のご支援に対して、公益財団法人JKA様に心より御礼申し上げます。

1 研究の概要

 近年、シクロオレフィンポリマー(COP)をはじめとした熱可塑性樹脂ベースのマイクロ流体デバイスが注目されている。しかし、中量生産向けの射出成形にあたり、従来のリソグラフィで作製したレジスト製鋳型は強度が不十分であり、十分なショット数が得られなかった。本研究では特許技術である3Dリソグラフィを用いてレジスト鋳型内の微細構造全体に抜き勾配を付与することで、離型時に生じる摩擦を低減し、ショット数を大幅に向上した。さらに、試作したCOP流体チップを用いて、トータルRNAの等速電気泳動をデモンストレーションした。

2 研究の目的と背景

 ライフサイエンス向けマイクロ流路用のラピッドプロトタイピングには、シリコンゴムの一種であるPDMS (Polydimethylsiloxane)とレジスト製鋳型を用いたソフトリソグラフィが広く使用されている。しかし、PDMSは表面への疎水性低分子の収着や加工時の硬化収縮などの欠点が指摘されており、近年では熱可塑性樹脂であるCOP (Cyclo olefin polymer)製のマイクロ流路が注目されている。COP流路の成型方法については、射出成形やホットエンボスなどの手法が考案されているが、PDMSと同じようにレジスト鋳型を用いると、鋳型とレプリカの側壁の摩擦によって、離形時に鋳型が破損してしまう。そこで本研究では、独自の特許技術3Dリソグラフィを用いて流路構造全体に抜き勾配を付与したレジスト鋳型と、高い流動性の溶融樹脂を低圧で操作可能な卓上射出成形機を組み合わせたラピッドプロトタイピングを提案した。3Dリソグラフィで作製した抜き勾配付きのレジスト鋳型と垂直露光で作製したレジスト鋳型について、射出成形のショット数と離型抵抗を比較し、提案方法の有用性を検証した。

3 研究内容

 厚膜フォトレジストSU-8 (Kayaku Advanced Materials)は、側壁がほぼ垂直の構造を造形し、通常のフォトリソグラフィでは構造側壁に勾配を付与することができない。そこで本研究では、フォトマスクとSU-8を塗布した基板をコンタクトして、回転傾斜を加えながら露光する、3DリソグラフィによってSU-8側壁に抜き勾配を成形した(図1)。フォトマスクとして、最小構造幅100 µm、最大構造幅4 mmの流路パターンと、直径20 mmの円内に直径200 µmの微小円が中心間距離500 µmで格子状に配置されたドットパターンを用いた。前者のマスクを用いて、膜厚40±5 µmで2種類の条件(抜き勾配0度、10度)のSU-8鋳型を作製し、卓上型成形機(センチュリーイノヴェーション、Mold Lock)を用いてCOPを射出成形し、鋳型が破損するまでのショット数を比較した。また、後者のマスクを用いて作製したSU-8鋳型について、図2に示すようにSU-8鋳型とCOPレプリカが一体の状態で万能試験機(島津製作所、AGS-X)に取り付けて離形した。図3に示すように、金型内で鋳型とレプリカの離型が行われる際のロードセル負荷力(以下、離型力と呼ぶ)を計測し、転写する微細構造の形状が離型時におよぼす影響を検討した。



 3Dリソグラフィによって作製したSU-8流路鋳型の断面形状を図4に示す。抜き勾配0度の構造は8~11回で構造が破損したものの、図4に示すような抜き勾配を有した鋳型を用いると、射出成形を50回繰り返しても鋳型の破損は生じなかった。次に、抜き勾配0度、および、10度の鋳型を用いた離型抵抗値計測結果を図5に、また、図5の結果のなかで最大離型力に到達した時点以降の拡大図を図6に示す。横軸はクロスヘッドの移動距離、縦軸はロードセルに負荷した力であり、図中の黒点線は最大離形力が発生した移動距離を表している。今回用いた構造では、図5に示すように形状の違いによる離型力自体の差はあまり見られなかった。一方で、図6に示すように、抜き勾配0度の鋳型では、離型力に到達してから徐々に緩やかに負荷力が低下しているのに対して、抜き勾配10度の構造の場合は除荷がすぐに生じている。垂直構造では、最大離型力に到達してから完全に脱型するまでのクロスヘッド移動距離が約40 µmであり、SU-8の膜厚とほぼ一致していることから、構造側壁が摩擦しながら離型しているためと考えられる。抜き勾配10度の構造では、側壁の連続的な摩擦は生じず、一度離型力に到達するとスムーズに離型されたことがわかる。離型時の構造側壁の摩擦が少ないほうが鋳型へのダメージは少なく、3Dリソグラフィによって成型した傾斜構造によって、SU-8鋳型の耐久性が向上したことが示された。


4 本研究が実社会にどう活かされるか―展望

 本研究では、3Dリソグラフィで作製したSU-8鋳型をCOPの射出成形に用いて、鋳型の耐久性、および、離型時の力の挙動の変化を検証した。抜き勾配が10度の鋳型は50回ショットすることに成功し、また、離型抵抗値から、側壁の傾斜構造によって鋳型への負荷が減少することがわかった。
 リソグラフィに関する研究としては、様々な微細構造体の作製技術として利用可能であると考えられる。所属大学の重点支援プロジェクトに指定されたため、基礎研究として継続することで、広範囲の応用が期待される。
 また、射出成形技術とバイオチップ応用に関する研究としては、特許出願した鋳型作製と射出成形を組み合わせた成型技術は、従来のバイオチップに対して高い性能を有していることが確認できた。本成果に基づいて申請した、JST大学発新産業創出基金事業スタートアップ・エコシステム共創プログラムの支援対象に採択された。取り組みを継続することでスタートアップ創業、あるいは、技術移転を進めることで、社会実装に繋げる。当該技術は、バイオチップ開発サイクルを大幅に改善する加工技術であり、バイオチップを用いたライフサイエンス研究全体のスピードを改善する可能性がある。

5 教歴・研究歴の流れにおける今回研究の位置づけ

 今回の研究は、補助事業者である研究者が、長年基礎研究を進めてきた微細加工技術を応用した、異分野研究に関するものである。世界では現在、実験動物を廃止する動きが高まっており、創薬分野や宇宙ライフサイエンス分野での利用を主な目的に、臓器チップや生体模倣システム(Microphysiological System, MPS)の研究開発が加速している。今回の研究成果は、これらの研究が直面する課題の一つである、微小流体チップの少量多品種のオンデマンド生産を行うための製造技術となることが期待される。特許申請した内容に基づいて、GAPファンドなどへの助成申請を進めており、大学発スタートアップなどの形式で早急な社会実装を検討している。

6 本研究にかかわる知財・発表論文等

1)特許:発明の名称:構造体を作製する方法、出願番号:特願2024-057918、出願日:2024年3月29日、出願人:群馬大学、発明者:鈴木 孝明、奥 寛雅
2)学術論文:Near-zero Poisson’s Ratio and Large-area Metamaterial Made of UV-PDMS Using Three-dimensional Backside Exposure, Riku Ito, Ten Sekiguchi, Vivek Anand Menon, Ryo Ichige, Yuya Tanaka, Hiroshi Toshiyoshi, Takaaki Suzuki, IEEJ Transactions on Sensors and Micromachines, Vol.144, No.1, pp.17-22, 2024.
3)学術論文:UV-curable Polydimethylsiloxane Photolithography and Its Application to Flexible Mechanical Metamaterials, Ten Sekiguchi, Hidetaka Ueno, Vivek Anand Menon, Ryo Ichige, Yuya Tanaka, Hiroshi Toshiyoshi, and Takaaki Suzuki, Sensors and Materials, Vol.35, pp.1995-2011, 2023.
4)国際会議:Near-Zero Poisson's Ratio and Large-Area Metamaterial Made of UV-PDMS Using 3D Backside Exposure, Riku Ito, Ten Sekiguchi, Vivek Menon, Ryo Ichige, Yuya Tanaka, Hiroshi Toshiyoshi, Takaaki Suzuki, The 22nd International Conference on Solid-State Sensors, Actuators and Microsystems [Transducers 2023], M4P.036(pp.1184-1187), 2023/6/25-29, Kyoto, Japan.
5)国内学会:プリズムアシスト3Dリソグラフィ法の加工構造角度の評価, 陳煜非, 田中有弥, 奥寛雅, 鈴木孝明, 日本機械学会 第14回マイクロ・ナノ工学シンポジウム, 7P2-PN-49, 2023/11/6-9、熊本城ホール(熊本県熊本市), 優秀講演論文表彰受賞.
6)国内学会:フォトリソグラフィにおけるUV-PDMSの膜厚依存性とメカニカルメタマテリアル特性制御, 伊藤陸, 田中有弥, 年吉洋, 鈴木孝明, 日本機械学会 第14回マイクロ・ナノ工学シンポジウム, 6P5-PN-22, 2023/11/6-9、熊本城ホール(熊本県熊本市), 若手優秀講演フェロー賞受賞.
7)国内学会:3Dリソグラフィ法を用いた微小鋳型への抜き勾配形成技術の開発,大泉歩夢, 小此木孝仁, 小此木智美, 鈴木孝明, 日本機械学会関東支部群馬ブロック研究・技術交流会2023, D-2, 2023/12/20,オンライン開催, 優秀発表賞受賞.

7 補助事業に係る成果物

【補助事業により作成したもの】

よくわかる機械加工
小山真司 (著), 鈴木孝明 (著), 荘司郁夫 (著), 小林竜也 (著)
森北出版
ISBN-13: 978-4627677111

紹介:
note:【内容一部公開】加工技術全般を概説!――近刊『よくわかる機械加工』
しぶちょー技術研究所
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【所属機関によるプレス発表】
知能機械創製理工学教育プログラム博士前期課程の大泉歩夢さんと森下浩多さんが、日本機械学会関東支部群馬ブロック研究・技術交流会2023において、優秀講演賞とビジネスフロンティア賞をダブル受賞しました(2024/04/08)
群馬大学重点支援プロジェクトG3の研究チームが、日本機械学会第14回マイクロ・ナノ工学シンポジウムで優秀講演論文表彰を受賞しました(2024/04/08)
知能機械創製理工学教育プログラム博士前期課程の伊藤陸さんと長谷川峻大さんが、日本機械学会 第14回マイクロ・ナノ工学シンポジウムにおいて、若手優秀講演フェロー賞をダブル受賞しました(2024/04/08)

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